もしあなたが駆け出しの映画監督ならば、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが突然家に来たらどう思う?
もし君が数学者を目指しているのなら、森田真生と小粋なパスタ屋でおしゃべりできたら幸せじゃない?
文筆家ならば山田風太郎が、料理人ならば黒木純が、生物学者なら福岡伸一が、お菓子作る人ならステラおばさんが、もし家に来て人間臨終図鑑の解説してくれたり、「タコのぬめりを取るのは大根で叩くんだぜ!」とか教えてくれたり、細胞の補い合いとフェルメールの関係性を語ってくれたり、クッキー焼いてくれたりしたら最高でしょ?
世間は三連休の真ん中。今年2回目のSunday。ドラマー・海野俊輔さんが家に来てくれた。この家にだ。さらに、稽古をつけてくれた。一緒に四日市でお昼も食べた。ハッピー過ぎて、鶏燻製クリームソームのニョッキ、ほぼ味を覚えていない。
華やか過ぎる経歴、素敵な人格者、親切なレッスン、次元の違う経験談、合理的な奏法理論。文句無しに一流でございます。そんな音楽家が自宅に来るなんて、2019年、細木数子の本に金星人で霊合星人の私はかなり飛躍すると書いてあったが、最高のスタートダッシュですよ、これは。数子の本、大殺界とか書いてある年は「勝手に決めてくるなよ、おばちゃん!」とか罵る癖に、いいこと書いてあると脳内で笑顔の細木に手を振り駆け寄る。
映画はモンタージュの文化ですが連続するコマに少し「間」を持たせ、突然パンチのある絵を配置することで鋭さが増す。文章もダラダラと文字を積み上げて、繰り返して、まだ積んで、ふと根元から一瞬でひっくり返すと「理解」する前に読者の背筋がシャキッとする。そのようなムチの効いた作品は絵画・漢文など、多くの芸術の中に散見される。取り留めのない話だが、最初から取り留めるつもりはない。
三連休の最終日。成人の日。3人の新成人が家に来てくれた。この家にだ。それぞれ似合いまくりの振袖が眩しい。幼い時からこの教室に通う子供達。子供達じゃなくなった。おめでとう、と呟きながら紅茶を淹れる。成人式。ここが節目だ。背筋がシャキッとする。
肘から手首からリバウンドから重力から指から、力が伝わりスティックが打面を目指し、離れる。ムチだ。突き詰めればなんだって本質はゆらゆらしていて、刹那に鋭く力を移動させるということなのでしょう。少し「間」を持たせ、積み上げ繰り返して、シャキッとキメる。違うの?
些か今日は文面が荒れている。仕方ない。とてつもないドラマー、翌日には、大人になった子供たち。その二つが私の太鼓の周りに集まったんだ。こんな幸せな週末はなかなか無い。その余韻で文章が揺れる。アイドルの握手会に参加したものはしばらく手を洗わないと聞く。海野さんを駅に送り、ガッチリ握手。帰宅後トイレに行って手を洗った。書斎に寄り銀色の油性ペンを手に取ると、再び防音室へ。海野さんがセッティングしてくれたドラムセットを片っ端からマーキングしていく。スタンドに直接ペンを入れる。太鼓の角度、高さ、全ての距離。セットをバラバラにしても、すぐこの状態にできるように。これが私の「手を洗わない」ということだ。そんなことはつゆ知らず、翌日陽気な晴れ着三人音楽娘が現れセットに座る。好きなように遊んでくれ。マーキングは済んでいる。三人の清々しい将来を保証する、空の青。晴れすぎていてあるわけないけど、俺にはかすかに虹が見えたぜ。
成人式なんてとっくの昔に終わったよ…などと嘆くことなかれ、清々しい空気はここにある。海野さんの素敵なニューアルバム「Air of Northland」。冬にしては暖かそうな天気の良いお昼を見つけたら、3曲目「My Sun」を聴きながら歩いてみてください。ハッピー過ぎるから。
さて、冬本番。
皆様、健康で。














