そのままでいい!首を伸ばせ!





もともと父親である大入道さんは幻灯機(今で言うプロジェクター)で映写されたものだなんて歴史もありますしね。まるで劇場版「おさるのジョージ」の名シーンですよ、キングコングへの憧れ。言い伝え的には、狸を追い払うための仕掛け人形ですから。からくりで首を長くして、自分を大きく見せるのは得意でしょ。それを平成の最後の方でやると「別アカウントを作る」と言うことになるわけなので、辻褄は合いますね。父への憧れ。男はある時期、父親に倣って生きるものです。素晴らしくキャラ通り。そのままでいいです。賛否はどっちでもいいです。人によります。そーいえば昔、塾のバイト英語講師が中学生にしてはちょっと難しい和訳を生徒に質問され、冷や汗をかきながら「和訳なんて人と状況によるわ!」と叫んだのを思い出しました。生徒達は爆笑、講師は歯を食いしばっていましたが私は、それ本当にカッコいい!そのままでいい!って思ったんですね。

さて。さてですよ?凄かったんです。当校のミュージック・コンサート。11月11日、日曜日、川越あいあいホール。夏から各地で鳴らしてきたジェリクルサウンドとは全く違う高貴な表現。場面場面でここまでキャラを変更しながら、音楽と向き合うなんて、、素晴らしすぎて、投票しかけました。大入道は幻影で大きく見せる?こちらはキルケゴールばりの実存主義だ。リープオブフェイス!あまちゃんだな。ディカプリオの映画でもあったな、、インセプションか!ノーラン!と、些か取り乱すほど、贅沢な音でございました。どんな感じだったか、このコンサートは文字で読むもんじゃない。みんなが毎日頑張ってるの、二階から聴いてたよ。そのままでいいです。お疲れ様でした。素晴らしい。

大入道が幻影だったとすれば、それはカサーレスの「モレルの発明」からの「去年マリエンバートで」からのまたまた「インセプション」(クリストファー!)という虚構をテーマにした大傑作を裏テーマに置いて、こにゅうどうくんのキャラを設定し直せばいいんじゃないでしょうか?そこまでしっかりとしたコンセプトのゆるキャラ絶対いないです。ポスターなんかも、他の物体は右側に影があるのにこにゅうどうくんだけ左側に影があるみたいな(映画好きならすぐ分かるベタなルーツですが)。ベタがいいんですよ、こういうのは。まーよくわかんないなら、そのままでいいです。

気分がいい時に見たモノや景色がうっすら霧に包まれ、そこに光が差し、映画のワンシーンのように感じることがある。ある?2018もそろそろ終わりだ。平成ってのも終わるみたいね。何になるんだろう。「ハッピー」とかだったらいいのにね。ハッピー13年とか。みんなが強制的にハッピーって言うことになるし、役場とかでハッピーって書きまくるじゃん。そしたら、全体的に悪くはならないよね。2019はめちゃめちゃ変化の一年になるはず。元号もそう、税金もそう、北朝鮮もそう、ユーモアの基準も、味覚も、発想も。音楽は間違いなくキンプリの時代になるでしょうし(シンデレラガールの「いつになっても 幾つになっても」部分の中毒性、フラムタップ的なリズム構造。などなどの理由から)、ネット上はとんでもない動画2.0の時代。
せめて今年のうちは、今だけは、そのままでいいでしょ。なんかよく分からないけど、時代が早すぎる。目の前にいる人を大切に。

さー、そろそろダウン出してもいいですよ。一気にくる、冬の匂いが。鍋に豆腐入れるときは、なるべく最後にね。入れたらかき混ぜないでね。崩れないように、そのままで。





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JazzとHip-Hopの親和性に日々悩み、3連符を12分音符と呼ぶ人とは距離を置きつつ、Klo Pelgagが近鉄バッファローズのキャップかぶってるのを見て世界の自由さに嫉妬する毎日。バリー・ユアグローの文学から、着地は樋口毅宏先生。辛い時は、ハンス・ランダの高笑いを思い出す。
絶賛育児中の愚筆家。